大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所松江支部 昭和32年(ネ)88号 判決

控訴人 牧田久太郎 外三名

被控訴人 池田猪市

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張ならびに証拠関係は左記のほか原判決の事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

被控訴代理人は甲第一六号ないし第一八号証第一九号証の一、二を提出し当審における証人栄造こと中原栄蔵、中原醇吉の各証言を援用し、乙第一〇号証の一、二第一一号ないし第一四号証第二五号ないし第二七号証第二八号証中郵便官署の作成部分、第二九号ないし第三一号証第三二号証の一、二第三三号証第三九号証第四一号証第四二号証の一、二第四三、四四号証第四五号証の一、二第四六号証第四七号証の一、二の各成立を認め第二八号証中郵便官署作成部分を除くその余の部分および爾余の乙号各証の成立は不知と述べ、乙第三一号証を援用し

控訴代理人は乙第一〇号証の一、二第一一号ないし第一九号証第二〇号証の一、二、三第二一、二二号証第二三号証の一ないし七第二四号証の一、二、三第二五号ないし第三一号証第三二号証の一、二第三三、三四号証第三五号証の一、二第三六、三七号証第三八号証の一ないし三六第三九号ないし第四一号証第四二号証の一、二第四三、四四号証第四五号証の一、二第四六号証第四七号証の一、二を提出し、当審における証人東秋広、坂田芳三の各証言、控訴人高島孫二、福田正雄、牧田久太郎各本人の尋問の結果を援用し、甲第一六号証第一九号証の一、二の成立を認め甲第一七、一八号証の成立は不知と述べた。

理由

控訴人高島孫二および福島正雄の両名が昭和二八年六月一七日控訴人牧田久太郎からその所有にかかる鳥取県西伯郡御来屋沖、東経三五度三五分北緯一三五度三三分の海底に沈没している汽船永安丸(三、八二五トン)の船体、機関および属具一切(以下単に永安丸という)を五五〇万円で買受け金四〇〇万円の内払をしたのみで残額一五〇万円の支払をしないので牧田は右両名に対しその残代金請求の訴訟(鳥取地方裁判所昭和三〇年(ワ)第九八号事件)を提起し、昭和三〇年一二月一二日(イ)右両名は同月二〇日までに右残代金一五〇万円を支払うこと(ロ)不履行の場合は売買契約は当然解除になり右両名は内払金四〇〇万円の返還請求権を失う旨の裁判上の和解が成立したが、右両名においてその履行をしなかつたため売買契約が当然解除になつたので、その翌二一日控訴人牧田久太郎と被控訴人の代理人中原醇吉との間に新たに代金一三〇万円で永安丸の売買契約が行われたことおよび控訴人らにおいて控訴人高島孫二、福田正雄が控訴人牧田久太郎から右永安丸を買受けたとして控訴人山下勉にこれが引揚作業を行わせ被控訴人の所有を争つていることは当事者間に争がない。

一、控訴人らは本件売買代金をわずか一三〇万円としたのは前の売買代金の内入金四〇〇万円は控訴人高島孫二が訴外中原栄蔵から借受けたものであり、また前の買主である控訴人高島孫二、福田正雄の両名もこれを本件代金の支払いに充当することを承諾している旨被控訴人の代理人中原醇吉から告げられたので、牧田は前買主に同情して右和解条項(ロ)にかかわらずこれを売買代金に充当することを承諾したからであるが、その後になつてかような事実のないことが判明したので、控訴人牧田久太郎は昭和三一年四月一二日詐欺を理由に本件売買契約取消の意思表示をしたと主張するので、本件契約が詐欺により成立したものか否について検討する。

成立に争のない乙第三号証第八、九号証の各三、控訴人牧田久太郎本人の原審および当審における各供述当審における控訴人福田正雄本人の供述は後記各証拠と彼是比較するとき未だ右欺罔の事実を認定する資料とするに足らず、他にこれを認めるに足る証拠がない。かえつて成立に争のない甲第一〇号証第一四号証の二、乙第五号証第九号証の二第二六号証原審証人花房多喜雄、中川宗雄の各証言当審における控訴人高島孫二本人の供述、原審および当審における証人中原栄蔵、中原醇吉の各証言(一部)を総合すれば次の事実を認めることができる。

(1)  訴外中原栄蔵はサルベージ業を主たる営業目的としている訴外日米興産株式会社の代表取締役、控訴人高島孫二はその親戚にあたり右会社の雇傭人ではあるが栄蔵を「おやぢ」と呼んで特別な関係にあるところ、高島は昭和二八年六月初頃予て本件永安丸を買受けようとして調査をしていた控訴人福田正雄から事情を聞き栄蔵に買取方を進言した。そこで栄蔵は高島を帯同して鳥取市に出向き永安丸の所有者である控訴人牧田久太郎と商談した。その後高島が折衝した結果五五〇万円で買受けることになつたところ、同人の申出によつてこれまで可成の調査費用を出している前記福田正雄をも買受人に加えることになり、同月一六日買受人を控訴人高島孫二、福田正雄両名として前記の如く当初の売買契約が成立した。控訴人高島孫二は前記中原栄蔵から合計四〇〇万円を出金させ控訴人牧田久太郎に代金の内払をしたが、共同買受人である控訴人福田正雄との間に代金を折半して負担することになつていたので右四〇〇万円のうち一二五万円を福田の借受金とし、中原栄蔵の指示に基き訴外島仁左宛の借用証(甲第一〇号証)を徴した。したがつて残代金一五〇万円の支払は福田がすべきであるのに、同人はこれを履行しなかつたので控訴人牧田久太郎は花房弁護士を代理人として控訴人高島孫二、福田正雄の両名に対し前記残代金請求訴訟を提起したのであるが、当時屑鉄が値下りしており、かつ永安丸の所在が深海のため水中爆破作業によらねばならないので確保できる鉄量の予測ができない状態にあつたため、牧田は契約を解除しないで右訴訟におよんだ。

(2)  前記の如く右訴訟で成立した裁判上の和解も不履行になつたので約旨に基き前記売買契約は解除になり、内払金四〇〇万円は控訴人牧田久太郎の取得に帰することとなつたが、訴外中原栄蔵の弟である訴外中原醇吉はこれを有利に展開するため控訴人牧田久太郎との間に再び永安丸の売買について交渉した。右控訴人は当初の売買契約の内金四〇〇万円の出所が前記の如く中原栄蔵であつて高島らは名義上の買主にすぎないことは知つていたし、当時事業に失敗して金員の必要に迫られていたが右の如き業界の事情から早急に他に処分することの困難であつたことおよび既に右四〇〇万円を取得していることとて代金を一三〇万円として本件売買契約を締結するにいたつた。

(3)  控訴人牧田久太郎は右売買契約後控訴人福田正雄から前記和解契約に定めた一五〇万円を支払う故売渡してほしい旨申出て、昭和三一年三月初頃鳥取簡易裁判所にこれが調停の申立をしてまで執拗に要求されても右申出を拒絶していたところ、福田正雄が前記一二五万円の借用証を差入れていること、その他契約に至るまでに相当多額の出費をしていたことに同情を寄せ更には被控訴人がこれを転売した旨の噂を耳にしたので遂に同年四月二七日同人と売買契約をした

のである。

証人中原栄蔵、中原醇吉の前記各証言中右認定に反する部分は措信するに足らない。

右認定事実によれば本件売買契約につき控訴人ら主張の欺罔の事実は存在しなかつたのであるから、詐欺を理由に取消の意思表示をしてもその効果がないのみならず、またそれが右契約解除の意思表示であつたとしても特別の事情のない限り右事由で解除の効果を生ずるいわれがない。

二、控訴人らの、被控訴人は控訴人牧田久太郎から永安丸の引渡しを受けていないので控訴人らに対し所有権をもつて対抗することができないとの主張について考察する。

控訴人牧田久太郎において成立に争のない甲第一号証第五号ないし第八号証に弁論の全趣旨を総合すれば、本件永安丸の売買契約に当り被控訴人の代理人であつた中原醇吉および控訴人牧田久太郎は永安丸の沈没している現場に出張せず鳥取市内で契約成立と同時に沈没船売買契約書(甲第一号証)二通を作成して各一通宛授受し右控訴人から中原醇吉に対し永安丸に関する東京海上火災保険株式会社から日本船舶興業株式会社宛の損害品売渡証(甲第六号証)日本船舶興業株式会社から右控訴人宛の損害品売渡証(甲第七号証)御来屋漁業協同組合長から右控訴人宛の漁場使用承諾書(甲第五号証)および前記契約解除になつた控訴人高島孫二、福田正雄に対する損害品売渡証(甲第八号証)を交付したのみであることが認められる。

原審証人坂本喜一の証言によれば永安丸は鳥取県西伯郡御来屋沖合の深さ約三五尋の海底に沈没していることが認められるところ、証人中原醇吉の当審証言によれば沈没船の売買は通常現地に出向かないで関係書類を授受するのみで行われている事実を認めることができ、原審における控訴人牧田久太郎本人の尋問の結果によれば同人が訴外日本船舶興業株式会社から本件永安丸を買受けるに当り同会社から前顕甲第六、七号証の交付を受けたのみであることが認められるので、これらの事情からすれば深海にある沈没船の売買については所有権移転および漁業関係者の承諾書等の関係書類の授受があつたときは、これをもつて民法第一七八条にいう引渡しを了したものと解するのが相当である。本件について見るに永安丸の売買について御来屋漁業協同組合の漁場使用承諾ならびに従前の所有権移転に関する書類等の授受されたことは前記認定したとおりであるから、すでに永安丸の引渡を了したものと解すべきである。そうすると被控訴人は何人に対してもその所有権を主張しうるものといわねばならない。

したがつて控訴人高島孫二、福田正雄が控訴人牧田久太郎との間にその主張の売買契約を締結したからといつてそれだけでは本件永安丸の所有権の取得を被控訴人に対抗することはできない。なお成立に争のない乙第三一号証第四一号証第四二号証の一、二第四三、四四号証第四六号証甲第一九号証の一、二を総合すれば被控訴人が昭和三〇年一二月二八日訴外寄神海事工業所に対し永安丸を売渡したところ、右訴外人が被控訴人から契約の本旨に従い所有権等につき争のない完全な物件の引渡をしないとの理由で右売買契約を解除した事実が認められるので、被控訴人は現在永安丸の所有権を保有するものといわねばならない。

そうすると控訴人らに対し本件永安丸が被控訴人の所有であることの確認を求める本訴請求は正当としてこれを認容すべきである。

よつて右同旨の原判決は相当であるから本件控訴を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条第八九条第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅芳郎 藤田哲夫 熊佐義里)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例